天理教

天理教は皆さんも中には知っている人が多いと思います。野球でも名門ですし、天理市という自治体もあるくらいで俗におじば帰りというのもあります。

しかしその宗教の実態はどういうものなんでしょうか。実は私は信仰していませんが両親が信仰してしまいました。そうした経験からお話したいと思います。

天理教は一体何をやっている

月に一回私の家は10日にやってきて、神棚にむかって歌と踊りをしにやってくるのです。俗に先生です。

両親は敬虔な信者ですからやるんですが、私は正直馬鹿馬鹿しいと思っていました。年に一回子供がそうした事をやる祭りがあります。

私は祖母からのお小遣い欲しさにやっていました。

私は主に歌と、小鼓を担当していました。毎週日曜日貴重な時間を割いて東京との教会に行くのが、祖母からのお小遣い欲しさに行っているだけで、祖母もようは体裁を生み出す手法としてやっていました。

私以外にも孫はいる筈ですが、私は頼みやすかったのかもしれません。

実態は

天理教に入信する人とは、俗にアウトローな人が多いんです。

親鸞和尚が悪人こそは救われるという、法を説いていましたがこれに近いのではないでしょうか?

どんな悪い人でも悔いれば救われるという発想が、おそらくそこにあり人助けやお授け(色々あるんですけど口では説明しずらい)をする事で、所謂ボランティア精神の構築だと思います。

活動資金は当然お布施です。ちなみにおじばに泊まる宿泊料はなんと1000円です。しかし飯が不味い。なぜか?

修行だからです。父が言うには昔はもっとひどかったらしいです。

一見教えは素晴らしいのですが、教会の先生がいうような教えを信者が守っているか?というと私は全く守っていないと思っています。無論教えはとても素晴らしい。

しかし、あまりに人間性の欠いている部分の人も多いのです。両親もそれに近かった。それ故自分は教えと、実際の実行している行動に乖離があり、矛盾を感じ信仰していないのです。

天理市街全体

当然おじばがえりにも行きました。

私個人としては好きな街です。関西特有のアーケードの中に、様々な物品を売っていますが、やはり天理教にまつわる建物、物産も多いですね。

昔は丹波の山奥といって汽車で行ってたこともあり、乾物が名産らしく、ここで売っている昆布を母は好んでします。

まとめ

天理市そのものは観光は普通にできますし、教会そのものは誰でも入る事が出来る。

これがこの宗教のスタイルらしいです。
観光がてら訪れるのもいいと思います。

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